デス・オーバチュア
第307話「聖皇祭~終わりの始まり~」



氷の線路の上を汽車が走る。
北方大陸と中央大陸を結ぶこの長き氷の線路こそ、『ガルディア皇国』へと至れる唯一の移動手段だ。
なぜなら『許可』を持つ一部の例外を除き、転移や飛行による皇国への進入は不可能。
氷海もまた生身や船で渡ることはできない。
結果、ガルディア皇国に行くには正規ルートである汽車を利用するしかないのだ。



「ふん、鉄道ならぬ氷道か……原始的な乗り物ね」
氷の線路を行く汽車の『上』に、ちっちゃな女の子が座り込んでいた。
最強にして最後の異界竜の幼女(?)……皇牙である。
「……まあ、景色だけはそれなりに綺麗だけどね」
皇牙は頭の後ろで両手を組むと、仰向けに倒れ込んだ。
夜空には、限りなく上弦に等しい月が冷たく光り輝いている。
「……果てなき氷原に、冷たく輝く青い月……まさに凍った世界ですね」
少し後方から、涼やかな女性の声が聞こえてきた。
高速で走る列車によって冷たい空気が引き裂かれ、吹雪のように烈しく吹き付けてくる。
にも拘わらず、後方の女性は平然と列車の上に突っ立ていた。
「……堕天使……」
「心地良い夜風ですね、異界神様~」
白煌の天使(ファースト)は、常人なら列車から振り落とされるか、凍え付くであろう吹雪の中を悠然と歩み寄ってくる。
「…………」
皇牙はこの白煌の天使が苦手だった。
常に落ち着き払っていて、どんなに噛みついても歯応えがない。
異界神『様』などと呼び、敬語で話しながら……実際には子供か愛玩動物(ペット)のような扱いで……『可愛がられ』てしまうのだ。
それがどんなに皇牙の誇り(プライド)を傷つけることか……。
「ふふふっ……」
ファーストは皇牙の傍まで来ると、彼女の顔を覗き込むようにその場にちょこんと座り込んだ。
「……何よ? 何か用なの? ていうか寄るな……」
「いいえ、別に。ただ御一緒させていただこうかと思いまして……」
皇牙の要求を、ファーストは穏やかな微笑でスルーする。
「……っ、勝手にしなさいよ……」
「ええ、そうさせていただきます」
その時、遙か遠方と真下から時計の音(チャイム)が聞こえてきた。
「なっ、何よ、いきなり!?」
皇牙は音に反応するように、ガバッと跳び起きる。
「刻を告げる鐘の音ですね」
「刻(時)?」
「ええ、日付の変更……つまり、最後の七日間の始まり……ということです。ほら、面白いモノが見えてきましたよ……」
「んっ、大陸が見え……ああぁっ!? 何なのよ、アレは……」
「開会宣言……とでもいったところでしょうか?」
彼女達を乗せた列車の到着を待たず、『祭り』は始まろうとしていた。





ガルディア城の玉座の間に、『十三騎』が勢揃いしていた。
いや、正確には勢揃いではなく、七人(五人欠け)だが、これだけ(半数以上が)一カ所に集うだけでも充分に異例なことである。
「壱と拾参はともかく……他に三名も欠席とは……困ったものですね」
両目を閉ざした翠色のマントの人物が悩ましげに溜息を吐いた。
彼女(彼?)は、白金の玉座から控え続く二本の列の右側最前列に立っている。
二列……右列に四人、左列に三人。
性別不明の彼女(エルスリード)の向かいは空位……つまり誰も居なかった。
「…………」
「ギル~、ザヴェーラ~、ハーミット~♪」
左隣の少年(ヒュノプス)が無言で竪琴を奏でると、その向かいの馬鹿っぽい赤い女(アウローラ)が音に合わせて欠席者の名前を歌い上げた。
『……余なら此処に居る……』
声と共に、青紫のローブで素顔を隠した人物が『影』の中から浮かび上がる。
『影』は役目を終えると、波のように引いて跡形もなく消え去った。
「フウ~?」
アウローラは隣の人物(ザヴェーラ)に対し違和感を覚える。
「ふん、野鳥の直感か……」
逆隣の黒の正装(クライシス)がそんなアウローラを鼻で笑った。
この阿呆鳥は馬鹿のくせに感(勘)だけは鋭い。
腐っても自分と同じ超古代神族の端くれだけのことはある。
いや、それは認め(褒め)すぎか? この『違い』に気づかなかったら余程の馬鹿か、あるいは……。
「余計な詮索はするものではないぞ、堕神共」
向かいの猫耳幼女(アニス)が口を開いた。
「儂らは基本的に互いに関して不干渉じゃ」
「……ふん、解っている。貴様などに言われるまでもなくな……」
クライシスは不愉快げに、魔女の『釘刺し』を受け入れる。
「もっとも、その不干渉もある意味においては今から解禁になるが……」
「ああ、干渉……殺し合っていいんだろう?」
「私闘解禁、殺戮許可、破壊容認……てところかな?」
闘神(クライド)、殺戮鬼(クヴェーラ)、破壊魔(フィン)の三人が愉しげに嗤った。
「ええ、そのとおりよ。好きなだけ暴れなさい」
女皇(イリーナ)が姿を現すと、その場の全員が跪いて出迎える。
イリーナは跪く十三騎の列の間を歩み通り、白金の玉座へと腰を下ろした。
「欠席はいつも通りの二人……と神殺し(ギルボーニ)……問題ないわね」
『…………』
『…………』
玉座に座るイリーナの右脇には『純白の死神』が、左脇には『漆黒の死神(十三騎の正装に身を包んだ人物)』が控えている。
この二体の死神は、先程イリーナが現れた時からその傍ら(両脇)に付き従っていた。
「イリ~ナ~、ハーミットは~? 存在忘れちゃった~?」
アウローラが跪いてこそいるものの、主に対するものとは到底思えない、普段の独特の口調で尋ねる。
「ああ、ハーミットなら死んだわよ」
イリーナはアウローラの態度を咎めず、大したことないことのように軽く答えた。
「フゥ~? ハーミットお亡くなり~? でも……」
「…………」
「ウィ~♪」
ヒュノプスが己の唇に人差し指を当てて『沈黙』を指示すと、アウローラは楽しげに鳴いて了承する。
「ふん、あのような愚か者のことなどどうでもいい。それよりも……」
クライシスの眼差しは『得体の知れない二体の死神』へと向けられていた。
「……ああ、紹介がまだだったわね。彼女はハーミットに代わる新しい第十二騎士……」
『…………』
イリーナの右脇の純白の死神が骸骨の仮面を剥ぎ取る。
「紫煌の魔剣士ネツァク・ハニエルよ」
漆黒の衣が骸骨に吸い込まれ、魔性の色である紫の髪と瞳を持つ少女が姿を顕した。
魔性の少女(ネツァク)は古勇者のコートを羽織り、スターメイカー製の魔剣を腰に差している。
「へっ、いいんじゃねえか? 少なくともハーミットなんかよりは遙かに十三騎(オレの獲物)に『相応しい』ぜ」
クヴェーラの両腰の『漆黒の三日月型双剣』が独りでにカタカタと震えていた。
まるで今すぐネツァクに斬りかかれたり、その血を吸いたいと主張するかのように……。
「…………」
ネツァクは無言で、左列の最後尾(第十二騎士の位置)へとついた。
「彼女の十三騎入りに不満のある者はいないみたいね。まあ、不満があろうが却下するけど……」
最初から意見など聞いていない、聞く気も必要もない。
女皇である自分には独断と偏見で十三騎を選出し、任命する権限(絶対権力)があるのだから。
「……で、そっちは? 第千騎士などいないはずだが?」
クライドが純白の方の死神の紹介を求めた。
正装である漆黒ではなく純白の衣を纏い、『阡(千)』という存在しない番号(ナンバー)を持つ者。
その存在に対する興味深さは、新第十二騎士(ネツァク・ハニエル)の比ではなかった。
「ああ、コレは空位に等しい第一騎士と第十三騎士の代わり……十三騎の番外位とでいったところかしらね?」
番外の位、例外の存在、一人で二人分を担える絶対強者、桁の違うモノ……。
「一人で二人分か……それも『正当なる最強』と『反則な最弱』の……実に愉快だ」
クライドは言葉通り愉しげに微笑った。
「まあ、私の用意した『ゲスト』だとでも思ってくれればいいわ」
招待客(ゲスト)……それは十三騎以外の祭りの参加者……選ばれた強者(贄)のことを指す。
この時期(祭りの直前)に十三騎に選ばれることと、ゲストとして呼ばれることは……まったく違うことのようでいて実は同じことだった。
なぜなら、この祭りを生き残った者が『新たな十三騎』と成るのだから……。
今与えられた位を守りきるか、これから位を奪い取るか、ただそれだけの違いに過ぎないのだ。
「ふん、女皇の推薦による特別エントリーというわけか……」
ゲストとしても他(現十三騎の推薦)とは明らかに別格である。
「不服、クライシス? まあ、答えは聞いていないけど……」
正確には答えは聞かないではなく、どんな答えでも却下するだけだ。
『不服はないが……少し困るか……?』
『ふん、別に困りもしないし、未練も無い肩書きだ』
答えを返したのはクライシスではない。
新たに扉の向こうから現れた二人……クライドが『反則な最弱』と『正当なる最強』と評した騎士だった。
『……幸運のフォートラン……』
ザヴェーラが最弱の方の名を呟く。
「おや? 随分と『変わった』ね、ザヴェーラ……まあ、俺にはどうでもいいことだけど……」
『…………』
フォートランは一目で何かを見抜いておきながら、心の底からどうでもよさそうな……興味の欠片もないといった態度だった。
「……来ましたか、ガイ・リフレイン……歓迎しますよ」
エルスリードは穏やかな微笑で、最強の方に話しかける。
「勘違いするな、俺は野暮用を片付けに来ただけだ……」
ガイは『来たくて来たわけでない』ということを、全身全霊(不愉快げな態度や口調等)で主張していた。
「……『鎧』はデミウルのところですよ。もう回収しましたか?」
「ふん」
黄金の騎士鎧(ナイト・オブ・ゴールド)の回収……それは確かに野暮用の一つだが、一番の野暮用……ガイがガルディアに舞い戻った真の目的はそれではない。
「ふっ、ふふふっ……あははははははははははははははははっ!」
イリーナの爆発的な高笑が玉座の間に響き渡った。
「……最高、最高よ! 人生最良にして最高の気分だわ! 今この瞬間に十三騎士が全員が『揃う』なんてぇぇっ!」
大興奮、歓喜極まる……今のイリーナの状態を言葉で表現するならそんなところだろうか。
十三騎の誰一人、こんなに感情を……純粋な喜びを露わにする女皇など見たことがない。
それは当然で、イリーナ自身、これ程の魂の昂揚を覚えたのは生まれて初めてのことだった。
「あは、あはは……きゃああはははははははははははははははははっ!」
狂気を孕んだ哄笑に応えるように、深夜零時を告げる時計の音(チャイム)が鳴り響く。
「刻は満ちた! これより聖皇祭を開始する! 聖皇剣復活の宴! 無礼講の殺戮祭! この地に生きる全ての者よ、殺し合え! 十三の使徒と一人の皇が決まるその瞬間まで!」
鐘音(チャイム)を背に、女皇イリーナリクス・フォン・オルサ・マグヌス・ガルディアは血祭り(血の祭り)の開会(開戦)を宣言した。




『開会宣言』が終わると、十三騎達は思い思いの場所に散り、玉座の間にはイリーナ唯一人だけが残っていた。
いや、正確には『一人』ではない。
「……そろそろ出てきたら? 全員城の外に出たようだし……邪魔は入らないわよ」
イリーナが誰も居ない、何も無いはずの空間に話しかけた。
『フッ、気づいていたか。流石は狂乱の女皇……我が主様だ』
何もない空間が返事を返す。
「言ったでしょう? 全員『揃った』てね。当然、あなたも数に含まれているわよ、神殺しのギルボーニ・ラン」
「ヒュウ~♪」
口笛と共に、赤シャツに、黒ズボンと黒いコート、黒い帽子と黒眼鏡(サングラス)をした男が姿を現した。
「念のため一度だけ聞くけど……本当にいいの? 私達の『庇護』がないとあなたの大切な従者は長く……」
「構わん。いや、構わないそうだ、俺の好きなようにして……」
「そう、いい従者を持ったわね」
他者を支配、飼うのに最も有効な手段の一つ、それが人質。
だが、もうその手段(首輪)は役に立たない。
神殺しは完全に首輪から解き放たれてしまった。
彼の行動を縛る鎖はもう何処にもない。
自由になった彼……神殺しの取る行動はたった一つ、たった一つだけだ。
「長いお預けだった……神・即・斬! 殺させてもらうぞ、地上の神ぃぃっ!」
ギルボーニ・ランは左腰の極東刀を勢いよく抜刀した。
「ふふふっ、忘れたの? あなたは一度私に敗れているよ、初めて出遭ったあの日にっ!」
玉座から立ち上がったイリーナの背後から、十三の十字架(使徒)が飛び出す。
「憐れな異界の狗(犬)、哀しき戦闘生物(バトルクリーチャー)……神の御手によって永劫の安らぎを与えてあげるわっ!」
「俺はこの世の神(悪)を全て狩り尽す……ただそれだけだっ!」
狂乱の女王VS神殺し……聖皇祭最初の決闘(デュエル)が開始された。


























第306話へ        目次へ戻る          第308話へ






一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。






SSのトップへ戻る
DEATH・OVERTURE~死神序曲~